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6月号 「家庭内介護者の健康保持について」

 

「介護」は長期に亘る取り組みとなります。介護を受ける高齢者・障害者(被介護者)の状態を良好に保って行こうとするならば、先ず介護を行う側(介護者)の心身の健康が長期に亘って保持されなければなりません。ところがこの認識とこの認識に基づく対策は日本に於いて必ずしも充分ではなく、家庭内の介護者(家庭内介護者)はしばしば介護疲れに陥り、介護の放棄、被介護者に対する虐待、果ては殺人を起こすという悲惨な結末となる事例が後を絶ちません。徘徊の繰り返し、粗相の連続、頻繁な着替えの必要、果てしなく続く食事の用意と食事介助、後片付け、排泄の世話、絶え間の無い様々な要求、その結果、家庭内介護者自身は睡眠不足に陥り、入浴も満足に出来ない、束の間の休息も取れない状況に置かれ、「もう自分の手には負えない!」「被介護者を殺して自分も死ぬのが楽になる唯一の道だ」などと追い詰められて行くのです。仲睦まじかった老齢ご夫婦を最近見掛けなくなり、ある日突然警察が出ていて事件の発生に地域の人々が気付いたという報道に昨今屢々接するようになりました。介護殺人の記事や裁判記録は何れも涙無くして読む事が出来ないものですが、それらは同時に貴重な介護研究資料だと思います。何故ならばそこに一定のパターンを見出すことが出来、それ故共通する原理が働いていることが分かり、そこをターゲットにして対策を取れば有効であると考えられるからです。

以下に介護疲れを巡る共通問題、共通原理、そして現実的対策を述べさせて戴きます。

 

先ず家庭内介護者のほとんどは、24時間365日、交代勤務無し、そして超過勤務は無制限の環境に置かれていることに注目することが出来ます。一方、介護を職業として行っている人々(以下職業介護者といいます)、つまりデーサービスや訪問看護医療、各種老人施設の職にある人々は、基本的に組織の中で一定の基準に守られて働いており、具体的には8時間勤務で交代勤務態勢が取られ、超過勤務の発生は評価され、休日も取る事が可能です。従ってこれら職業介護者と家庭内介護者との労働環境差は余りに大きいことに先ず目を向けなければなりません。休み無しに働けば疲れが発生することは人間の生理現象であり、それが月余、年余に亘って続くとすると、心の健康も損なわれ、希望を失い病的精神状況に追い込まれて行きます。このように書いて来て私の頭をよぎるのは電通社員高橋まつりさんの過労死です。場と原因は異なるにせよ、休みが取れないこと、心身の疲労蓄積があったこと、その劣悪環境が果てしなく続くように思えたことなどの点に於いて共通項は少なくありません。そこで周囲にある人々は、たとえ一時的であっても家庭内介護者が、介護の重圧から解放され、休息を取ることが出来る時空間を作って上げることが大切なのです。具体的にはデーサービスの積極的利用、ショートステイの活用、老人施設への入所促進、そして家族内、地域内での取り組みとしては、介護を部分的に助けて上げる(例えば介護者の食事や入浴の時間だけでも介護を代行して上げる)ことが重要でしょう。これらの対策は多重的に実施するとより大きな効果が得られます。一方精神面では、家庭内介護者は多くの場合、孤独感に陥っており、実際には誰も助けて呉れないと思い込んでいることがあります。従って周囲にある人々が、家庭内介護者の苦労話を聞いて上げることは極めて有効となります。既に行われていることですが、訪問看護、派遣ヘルパー職員、ケアマネージャー、在宅医療往診医師、家族、親族、友人などは、時間と状況の許される限り苦労話しを聞いて上げて、家庭内介護者に寄り添って下さい。たとえ訪問看護中の限られた時間の話しであっても、たとえそれが四方山話であっても、家庭内介護者の話しを聞いて上げることは実は彼らのリフレッシュに極めて大切かつ有効なことなのです。
さて、改めて在宅医療を原点から考えて見たいと思います。そもそも在宅医療は家庭内に介護を行える人がいることを前提としなければ成立しません。ところが今の日本に於いては核家族化が益々進展しているので、その前提は脆くも崩れているのです。また幸運にも二世帯同居の場合であっても、若年世代は昼間、夫婦共に外に働きに出ていることが多いので、老年世代は昼間独居状況に置かれています。その点でも上記の在宅医療成立の前提は揺らいでいます。結果、介護を必要とする側が極端に分散した環境で医療介護を展開しなければならず、結果、このままの在宅医療では莫大なコストを発生させ続けることでしょう。むしろ要介護度の高い老人は老人介護施設に積極的に収容し、より集中した環境で医療介護を展開した方が、医療介護福祉費削減という政策目標も達成する近道となります。それ故、経済的事由に係わらず、要介護度、および個別家庭の介護態勢の特性評価で入所の道が開ける老人介護施設を充実させる必要があるでしょう。

 

90才になる母親の介護を部分的に体験し、また通院による医療から在宅医療へ移行が必要となる患者さんを多く抱えるに至った一開業医の考えとして、上記を述べました。電通の故高橋まつりさんの死と、老老介護殺人には実は共通項があったことに思いを至し、このコラムがみなさまのご参考になる部分があれば幸いです。

 

一般社団法人右京医師会 土橋 康成

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